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HOPE in GRACE *流産・死産(子宮内胎児死亡)の記録*

2016年12月 2度目の流産を15週で経験したときの記録です。

12月7日 退院(ちょっとした事件発生)

入院・出産・退院

分娩の翌朝。

夜中のうちに、助産師さんが棺を冷たい場所に保管してくれていた。もう1回、朝に対面してから、御葬儀屋さんが預かっていった。

結局、翌日は火葬場がお休みなので、明後日の朝まで保管をお願いすることになった。一緒に帰宅してあげたい気持ちもあったけど、しっかり保管していただくことに安心感もあったので。

 

出血と子宮が小さくなろうとする痛みはあったけど、もう陣痛の痛みとは比べものにはならない。ただ、眠れていない(体は眠ろうとしても頭はずっと起きていた感じ)怠さがひどかった。夫も私も朝食をとって病室でゆっくりしていた。

 

「今日の午前中には退院できます。」

朝の検診に来た助産師さんからはお話しがあった。

なので、まず退院前の診断を受けるのを待っていた。

 

すると病室にN先生が直接入ってきた。

「実は、謝罪しなくてはいけないことがあります。」と…

今回、子宮内胎児死亡が宣告された時から、私達はK病院に「胎盤染色体検査」をお願いしていた。それはFMC東京クリニックで受けたカウンセリングを基に私たちが決断したことで、次の妊娠を考えた時に、それに進んでいくためには今回の赤ちゃんの死因をしっかり明確にしておくことが大切だと考えていたから。FMCではこの胎盤染色体検査を薦めてくれていたのだけど、K病院ではどうも経験がなかったらしい。でも、K病院も外部の検査会社に問い合わせたところOKだったので、そのための手続きも進めてもらっていた。そして入院時やその後何回も私たちは「胎盤検査大丈夫ですよね?」と確認していた。

それなのに…

当直の先生や検査室への伝達が上手くいっておらず、出てきた胎盤を通常の処理であるホルマリン処理を行ってしまい、検査が出来なくなってしまったと告げられたのだ。

胎盤は生理食塩水に付けてすぐに検査会社に送られなくてはいけなかったのに。

もう取り返しはつかない…これで、のぞみちゃんに何が起きていたのかは永遠にわからないことになってしまった。

N先生はとにかく謝罪を続け、私達はこれからの妊娠に向けての不安を話した。

N先生は今後私が責任を持って診させてもらうので…と言っていた。

怒りもあったけど…もう仕方がない…話し合いを終えて、私は最後の内診を受けるために処置室へ。

するとN先生がすぐに助手に「すぐに生理食塩水持って来て!」私に「胎盤が残っていました!」と伝えた。

正直、昨晩の処置も大丈夫だったのか気になっていたの、子宮の状態をしっかり見てほしいと伝えていたのだけど、なんと、子宮口の近くにあった少し大きめの子宮筋腫の陰に胎盤の破片が残っていたのだ。

「これでしっかり検査にも出せます。子宮もとても綺麗です。卵巣にも傷はついていないし。大丈夫。」という診断だった。

 

とにかく、今回は綺麗な分娩で特に処置の必要がなかったという事、また血圧も高めなので余計なお薬も出しません。抗生物質だけ飲んでくださいということで、色々な事務処理を終えて、(出産一時金の直接支払制度のおかげで支払いもまったく無しで)退院した。

 

家に帰ると、一晩不安な気持ちで1人で過ごした愛犬が大喜びで寄ってきてくれた。

疲れ果てた2人は久々に家でしっかり休むことができた。