読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

HOPE in GRACE *流産・死産(子宮内胎児死亡)の記録*

2016年12月 2度目の流産を15週で経験したときの記録です。

12月5日 入院の日

入院・出産・退院

12月5日。13時までに入院窓口へ行くことになっていた。

午前中にゆっくり夫と犬の散歩に出て、橋本駅でランチを食べて、K病院へ向かった。

案内をされて病棟へ行くと、用意されていた部屋は個室だった。

一通りの説明を受けて、すぐに処置をすると思っていたが、先生がオペに入ったという事で、それ以外のことを済ませることに。

まずは、感染症について調べるための採血と予定されていた点滴の準備で(結局点滴は受けなかったんだけど…)留置針を入れる処置。

それから、おっぱいの活動を抑えるための投薬をするために(これも結局しなかったんだけど…)心臓のエコー検査に。

あとは病室で夫と色々な話をしながら過ごしていた。

ただ、緊張のせいで血圧も高いし、頭も痛い…ベッドの上でゴロゴロしていた。

 

そしてついに処置に呼ばれた。

「痛いですか…?」「う~ん。痛いみたいです。」「大丈夫かな…」

覚悟していてもいざ内診台に乗ると…

「ちょっと待ってください…叫んでもいいですか?!」みたいな会話をしていた。

助産師さんが横にいてずっと「安心してください」と励ましてくれた。

N先生はまずエコーで赤ちゃんの様子を見せてくれた。

「ここが頭で、ここが…」

でも、もう心臓は動いていない。もう明日には対面できるんだ…そんな思いで見ていた。

そして流れるように、でも丁寧に説明をしながら「少し痛いですよ」なんて声をかけながら先生は1本1本「ラミナリア」を入れて行った。

確かに子宮口を鉗子でつまむときはかなり痛かった。そしてグイッとラミナリアを入れるとき痛い…

私は痛いと笑う傾向があるので、「痛い!」と叫びながら笑っていた…

途中痛みの中でも冷静で、横にかかっているカレンダーが11月のままなのに気が付いて「11月のままです…うぅぅぅ…」みたいなことを言っていた。

でも先生の手際が良かったのか、処置はあっという間に終了。

終わった後は生理痛のような痛みはあっても、普通に過ごせるレベルだった。

先生に「他の人はもっと痛がりますよ。全然大丈夫でした。」とお褒めの言葉もいただいて処置は終了。病室の夫の元へと戻った。

「大丈夫」そんなことを言いながらも、やはり頭痛の方が辛かったのでロキソプロフェンを1錠出してもらった。

今夜はこのラミナリアが水分を吸って少しずつ太くなって子宮口が広がるのを待つということ。

夕食をしっかり食べて、9時には夫は犬の待つ自宅へ帰って行った。

予定では明日の朝から次の処置が始まるから、それに合わせて夫は来てくれる。

8時には来るということなので、今日は早く帰って休んでもらうことに。

私も9時の消灯に合わせて電気を消した。

全然眠れなかったけど…

いよいよ、明日には静かに出産の時を迎えるのかな…

色々なことが頭の中をぐるぐる回り続けていた。