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HOPE in GRACE *流産・死産(子宮内胎児死亡)そして妊活の記録*

2016年12月 2度目の流産を15週で経験したときの記録です。そしてその後の妊活記録。

11月30日 入院受付やその他事務的なことについて

診断後、すぐに入退院窓口に行き、手続きを行い、説明を受けた。

そこで、費用の確認も行ったところ、12週以上の分娩なので「出産一時給付金」の対象になるということだった。また、その「直接支払制度」の対象となる病院のため、そのための書類にサインをした。つまり42万円の給付を超えた分は自費で支払う事となるが、42万円以下の場合は後で戻ってくることになる。

また、この窓口で部屋の希望も聞かれたが、やはり、今回は死産という事で心理的にとてもつらいものなので、それを配慮してくださいというリクエストをした。

 

職場には「次の診断(つまりこの30日)までは確実に休むけど、それ以降はその診断次第」と伝えていた。(なので、翌日からは私が戻ってくると子どもたちには伝わっていたみたい…翌日にお見舞いのポインセチアを職場の方が持ってきてくれたのだけど、そこに「おかえりなさい。6-1(私の担任のクラス)より」というカードが添えてあった。切なかった。)

帰宅後に電話で、まず今後のことを人事・総務の担当の方に電話で相談した。

というのも、医師は「退院後医療的には別にすぐに職場復帰しても構いません」と言っていたのだけど、色々な検索を見てみると「12週以降は出産扱いなので、労基上2か月の産休が必要」とも書いてあったので、果たして私がいつまで休むべきなのか?明らかにしたかったから。担当の方はすぐに社労士の方に連絡を取って調べてくださった。折り返しの電話で、やはり、私のような労働者は(恐らく自営業の方々はそんなこと言っていられないと思うからまた別の話になってしまうのだと思うが)法律上、8週間または医師の許可によっては6週間、労働が禁止されていると伝えられた。また、その間は産休扱いなのでお給料の3分の2が健保から支払われるとのこと。丁寧に説明をしてくださり、書類を送ってくださるとのこと。

つづけて、事情を上司である校長に電話で伝えた。

「かける言葉が見つからないけれど…体を大事にしてください。」と。

とにかく学校は「師走」という言葉があるように、本当に大変な時期。

申し訳ない気持ちと、でも、気持ちの問題としてすぐの復帰はあまりにもキツイとも考えていたから安どの気持ちもあった。

 

それから、私は女性のための医療保険EVERに加入していたので、アフラックにも電話して書類を取り寄せた。入院給付金と女性のための疾病特約給付金が受け取れるため。(医療保険上は、異常分娩というカテゴリーになるため)

 

こうやってバタバタと1つ1つのことをこなした。

そして夕方過ぎに、夫が

「あのさ、今日…病院で、診断受けて、先生のお話し聞いているとき…社会の窓が、全開だった。」と…衝撃の告白を受けた。

2人で大笑いした。泣くほど笑った。

こんな時も2人で笑えるって、本当に感謝だ。

「2人でがんばろう」これがいつの間にか合言葉みたいになっていた気がする。