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HOPE in GRACE *流産・死産(子宮内胎児死亡)の記録*

2016年12月 2度目の流産を15週で経験したときの記録です。

胎児診断後~次の診断まで

女性の身体は本当に不思議だなって思う。

11月22日に絶望的な診断を受け、次のK病院での妊婦健診まで8日ほどあったのだけれど、その間に、私の身体はどんどん動かなくなっていった。

近くのスーパーに行くのもやっと。

帰り道に自分の身体のあまりの動かなさに不甲斐なくて涙が出るときもあった。

でも、この1つ1つの怠さや動かなさは1回目の流産の前兆にとても似ていた。

だから、この8日の間のどこかの時点で私は正直、もうピコちゃんの心臓は止まってしまっているだろうという感覚がどこかにあった。

ちなみに血圧はさすがにこの胎児診断直後はストレスから一時的に上昇。でもまたそのあとは安定していた。

 

そしてとにかくこの間に私は色々な感情を通った。

ぼーっとしていると色々考えてしまうので、それが嫌だから、今までほとんどやっていなかったZOO KEEPERというパズルゲームにハマってみたり、相変わらず同じような経験をした人はいないか…検索魔として過ごしていた。

(そして、相変わらず1日1回はメールで仕事もしていた)

 

通った感情は

①私は何か悪いことをしましたか?という怒り

流産(死産)はみんな語らないだけで、10回のうち1~2回の高確率で起きることらしい。でも私は2回もこの少数派に入ってしまった。何故?

もちろん年齢(39歳)の影響が大きいことも分かっている。でも、私はここまで真剣に生きてきただけで、いたずらに先延ばしにして妊娠が今になってしまったわけではないのに…神様なぜですか?!私はクリスチャンなので、生意気に、でも正直に神様に「なぜですか?なぜですか?」と問い続けた。(今も問い続けているのかもしれない。振り返って書いている冷静な自分は「罪人が何を傲慢な!」なんて恥ずかしく思ったりもするのだけど…)聖書の中には同じように苦しみを通るときに「主よ、何故ですか?」と叫び続けている人がいる。まさしく彼らとおなじように叫び続けていた。

(死=人の罪=神様の義から離れて勝手に生きることを選んだ人間に与えられた罰。神学的な答えはできるし。分かっている。それを真実だと思い、信仰は変わらずに持っているけれど…神様が私たちのことを愛しているのに、なぜこんなに悲しいことが起きるんだろう?!そしてテレビでは子供を手放したり、無計画に作って虐待なんていう報道が毎日されている…なのに。なぜ?こんなに待ち望んで楽しみにしていた私たちにこんなことが起きるの?という怒りも通った。。。)

 

②自分の弱さに対する失望感

ふと…こんな今の辛い状態が続くのであれば、早く流産してリセットされたほうが楽なんじゃないか?という思いが湧いた自分にびっくりして、そして最悪だ!と思って泣き崩れることもあった。

 

③夢が閉ざされた絶望感

妊娠が分かってからの数か月間、やっぱり産まれてくる赤ちゃんを思って、成長する赤ちゃんを思い描いて、3人と1匹でどんな生活が待っているんだろう?夫婦で楽しみにして過ごしていた…この1つ1つのシーンはえも言われない、とってもとっても幸福感のある時間だった。でも、もうその思いは現実にはならないんだ…という悲しみ・喪失感がなによりも大きいものだった。

 

寝る前、そして外が暗くなるといきなり泣き始める私のそばに夫はいつも寄り添ってくれた。動けない私とゆっくりゆっくり一緒に歩いてくれた夫。

それは本当に本当にありがたかった。

 

こうやって11月30日の予約検診の日がやってきた。

すでに夫にも「なんかね…もうダメな気がするんだ」と伝えていた私。

覚悟をしてその日を迎えた。