HOPE in GRACE *流産・死産(子宮内胎児死亡)そして妊活の記録*

2016年12月 2度目の流産を15週で経験したときの記録です。そしてその後の妊活記録。

職場復帰して…

先週の水曜日より、産後6週間を経て職場復帰しました。

何事もなかったようにスムーズに職場に戻ることができたのは感謝。

でも、相変わらずハードな…

というか、待っていました!とばかりに、まぁ次々と…

でも、子どもたちとの時間は楽しいので

色々なことを考えないで1日が過ぎていくのは良かった。

 

そして、学校という特性上、3月が切れ目なので、

校長から早々に呼び出されて来年度の希望を聞かれた。

もちろん、休職前にはちょうど4月から産休→育休の予定だったから、

それが大幅に変わったわけで…

校長からは負担を軽くして残るようにという話だったけれど、

私にはもうフルタイムで残りつつ、妊娠を考えるのは

このストレスフルな職場では無理だと決断していた。

というわけで、今日、退職願を書いた。

明日、提出する予定。

条件によっては週に数回は講師という形で出勤する可能性を残しつつ…

女性って、

やっぱり男性とは違う。

そういう事なんだと思う。

 

でも、気持ちも晴れやか。

あと数か月だと思えば頑張れる。

受け持っている6年生と一緒に私も卒業だ。

楽しい数か月を送りたいと思う。

来月には妊活もスタートだ!

 

書類の件(その後)

先ほどの書類に関して…

1時間ほど待たされて、先生に職場復帰OKの診断書を書いていただきつつ、

アフラックの書類の件を確認。

ん?先生は診断書には明らかに「子宮内胎児死亡」と…

先生に見せると

「事務の方の入力ミス」

とのこと。「子宮内胎児発育不全」は訂正されました。

 

も~。危ない!

これで給付金が変わってくるかもしれないのに。

それにしても、病院、ホント先生は忙しすぎる感じ。

だからと言ってミスは許されないし。

正直、ちょっと同情してしまうんだけど

(同じ「先生」と呼ばれる職業だし)

でもね。

これでK病院も終了…なはずです。

 

こんどの病院の思い出はハッピーなものになりますように。

書類などの謎

K病院。

そこそこに大きい病院。

いろいろめんどくさい。謎が多い。

とにかく診断書関係は処理が遅い。

今回、アフラックとけんぽに提出する書類を退院時にお願いしていたのだけど、3週間後って言ってもなかなか連絡がなく、1月10日の受診で無理やり(?)受け取った。

でも、そのアフラックに提出する書類に「子宮内胎児発育不全」と書いてあった。

私が受け取った書類は「子宮内胎児死亡」と記載してあったのに…

このちがいは何???

アフラックに電話すると、「死亡」の場合は明らかに異常妊娠ととらえるので女性のための疾病特約に合致するからほぼ確実に給付対象だけど、「発育不全」となるとケースバイケースだと…

なんで、この記載の違いが発生したのか?K病院に問い合わせてもなかなか答えにたどり着かない!!!もどかしい…

結局、職場から「6週間で復帰して大丈夫だという書類を書いてもらえ」と言われてしまったので、今から再びK病院へ…(これに関しても昨日電話しても今日の午前まで応答なし。そして電話すると、もう今日は午後に来ても予約がないからダメだ…などなどもうあっちいってこっちいっての融通効かない押し問答が続いた…涙。何とか3時以降にN先生と話せるという事で、行ってきます。)

この違いの謎を解いて、診断書を貰い、ついでに転院書類を受け取ってまいります。

 

産婦人科医が少ないのが原因なのだろうか…はぁ(ため息)

明日から職場復帰

今日で出産後6週間が経過。

なので、明日から職場に復帰する予定。

緊張しているのか、2本連続で職場に関する夢を見た(苦笑)

上手く戻れるのかな…不安はいっぱい。

そして今回の2か月にわたる休みの理由を知っている人にも

知らない人にも会わなくてはいけない。

もしかするとその理由を説明する機会もあるのかもしれない。

否応なしに今回の死産に関してリマインドしなくてはいけない機会がここでまた一気に増えるのかもしれない。

いや、何も聞いてこないにしても、ただ気を使われているだけだし…

そんなことを考えていると気持ちが落ち込んでしまう。

怖くなってしまう。

でも…1歩前に踏み出さなくては。

 

 

1月11日~14日 のぞみちゃんがくれた旅

診断の翌日から、職場復帰の前にリフレッシュで沖縄旅行へ。

こんな時期にこんな風に夫婦2人で休めるチャンスはなかなかないだろうし、

1月は沖縄旅行が安い!ということで、行ってきた。

私は2回目だけど、夫は初めての沖縄。

天気はずっとあまり良くなかったのだけど、

1日目はひめゆりの塔平和祈念公園など南部を廻って平和について考え、

2日目はスノーケリングと美ら海水族館で海の青さと可愛い魚たちに癒されて、

3日目はやちむん(焼き物)を見て回ったり、ドライブでぬちまーす(塩)工場へ行ったり、あぐー豚のしゃぶしゃぶを食べたり、グルメを満喫、

4日目は首里城国際通りで沖縄の歴史に触れた。

 

さぁ、また新しいスタートを切ろう。

 

1月10日 染色体検査の結果など

1月10日。予約通りの1か月後検診へ。

ちょうど出産後1回目の生理もちょろちょろと始まっていた。

今回の受診の主目的は胎盤染色体検査の結果を聞き、この後の方針を話すということだった。

 

そして、染色体検査は判定不能ということだった。

医師の説明によれば、胎盤の炎症が原因で細胞の培養ができなかったということ。

のぞみちゃんの死亡原因は永遠の謎になってしまった。

そして、原因に関してももしかすると胎盤の炎症があり得るという話。

(ホルマリンにつけられてしまった胎盤の所見にも炎症があったということ。)

その炎症は私の何か不注意が原因なのだろうか?

その質問に関しては「それは考えなくて良い」ということだった。

ただ、胎盤の炎症に関しては胎児が死亡してから、取り出すまでに時間が経過したことによるものの可能性もあるということだった。

 

とにかく。

分からないのだ。

 

私の勝手に感じるところを書くと、

胎盤の炎症は後者の取り出すまでの間に発生したものだと思う。

そしてFMCで診断を受けた内容からも、のぞみちゃんには何らかの染色体異常があったのだと思う。

 

でも、問題はこれからどうするかということなのだ…

医師からは、次の生理が来たらまた人工授精から始めること。

2~3回トライしてダメならば体外受精をすすめるということ。

また、妊娠した場合は早期にNIPT(新型出生前診断)を検討することを薦められた。

 

人工授精に関してはこのK病院でも出来る。そして赤ちゃんが出来たら是非こちらで出産まで見させてほしいということも伝えられた。

 

私達は人工授精等は振り出しに戻ってM病院に戻る決断をした。

圧倒的に診療時間に融通が利くし、今回K病院のように大きい病院のデメリットはたくさん見たので…

そして出産に関しては分からない。K病院に戻るかどうか(夫はかなりもう嫌気がさしているのだけど)はM病院の先生と相談して決めようと思う。

いずれにせよ、今度は妊娠高血圧に関して早期に投薬をして管理した方がいいという事なので、早い段階での転院は必須なのだと思う。

 

また、私達の所に赤ちゃんが戻ってきてくれるのか?

本当に全てup to God, up to His hand 神様の御手の中なのだと思う。

ただ、もう一度、やれるだけのことはやっていこう。

これが2人の決断。

 

出産関係の漫画

死産後に気になっていた漫画をこの年末年始に読んでみました。

 

①妊娠17か月!40代で母となる!

私と同じ39歳で子宮内胎児死亡、そして40歳で無事に出産された漫画家さんのお話し。状況が似ているし、読まずにはいられず…

ふんふんと納得するところもあれば、へーと思うところもあり、

とにかく今は私も同じように40歳で母になりたい!と思って、

同じ経験をされている方のお話に希望が見える。

 

②透明なゆりかご

有名な漫画かもしれないけれど、正直ちょっと怖くて手が出せず…

でもネットでしかも楽天ペイで簡単に手に入ることを知り4巻まとめてダウンロードして一気に読んでしまった。

やはり泣いてしまうストーリーもいくつかあり、でも概して考えさせられる良い漫画だなぁという印象。

日本の死亡原因の1位は癌でも、心疾患でもなく…中絶であるという衝撃的な事実。

赤ちゃんを取り上げるために産科の意志になったお医者さんが中絶を毎日行わなくてはいけない…その中で「自分はこの人がつぎにちゃんと赤ちゃんを迎えられるように処置しているんだ」と言い聞かせているというお話し。

そして流産の「流れる」という意味は、赤ちゃんが流れていくという意味ではなく、赤ちゃんが母親の抱えている色々な悪いものを一緒に抱えて流れていってくれるという意味だというお話し。

そして高齢出産や子宮内胎児死亡、流産や不妊治療など…共感できる部分はたくさんあって、つらいところもあったけれど、読んでよかったなぁと思った。

2017年になりました。

2017年。

今年は穏やかで平和な1年になりますように…

それが心からの願い。

 

年末年始は夫婦で実家に里帰り。

里帰りといっても、うちの場合は実家が都心なので逆パターン。

でも品川はお正月が一番静かです。

メインの滞在理由は父親の一時外泊のための足。

31日にお迎えに行き、お正月を家族で迎え、1日にまた病院へ送っていった。

やっぱり家がいいよね…私はたった3日の入院でもそう思った。

なので、少しでも外泊したい父親の気持ちはよく分かる。

それにしても胃を3分の2切除した父親は本当に痩せてしまった…

今日には退院ということだけど、はやく体力を回復して元の生活に戻れますように。

 

その他は食べ正月、そして家族で人生ゲームなど…

私はクリスチャンなので初詣では運転手だけ。

夫はうちの両親と芝大神宮へ…安産のお守りを買ってきていた。

気持ちはとっても嬉しい。

 

そしてお正月明けの昨日、K病院のN先生から直接電話があった。

何となく予想はしていたものの、染色体検査はどうも細胞培養が上手くいかなかったようだ…詳細はまた郵送で病院に後日届くらしいので、10日の検診で聞くけれど、

期待は出来ないみたい。覚悟して臨もう。

年末には実は速達でK病院から謝罪の文面が届いた。

なんだか恐縮だけれど、私たちと同じ思いをする人がいないように役立てばよいなぁ。

10日には今後の方針も話し合いましょうということなので、

どこでどんな風にタイミング療法やAIHを受けるか、話し合わないと。

 

実は検診の翌日から、産休の〆として沖縄旅行に行くことにした。

1月の沖縄…メチャクチャ安くて1人24000円で飛行機・宿泊・レンタカー!

こんな風に夫婦そろってこんな時期に休めるなんてなかなかないので、

のぞみちゃんがくれたプレゼントだと思って思い切って行ってきます。

スノーケリングとか青い海を楽しんできたい!

 

こうやって2017年一歩一歩新しい気持ちで歩んでいけますように。

年の瀬

悲しい。とにかく悲しいのだ。

のぞみちゃんを産んでから3週間がたった。

ずっと心のどこかで「悲しい」という感情があって、

時々それがぐわっと大きくなってどうしようもなくなる。

色々な人のブログを見ていて、そういうことを書いている人がいて、

でも私は大丈夫なんてたまに思ったりもする。

でも、やっぱり私もダメなんだ。

どうして?とか、なんだかそういう理由とかじゃなくて

心の中に大きな穴がぽっかり空いたような喪失感。

笑ったり、うれしかったり、楽しかったり…

そういう感情も嘘じゃなくて、強がってるわけじゃなくて、

ちゃんと存在するんだけど、

いつも悲しい気持ちが共存している。

眠れない。寝ていても身体が強張る。

3週間もきれいに咲いてくれているガーベラたちを綺麗に飾りなおした後、

どばーっとそれがこみ上げてきて、色々な感情と混ざり合って、

もうどうしようもなくなってしまった。

大きな穴に自分の足がはまってしまって、もう前にも後ろにもどこにも進んでいけないような絶望的な気持ちにもなってしまう。

 

病院に行って薬を貰ったら、

この気持ちは収まるのかな?少し楽になるのかな??

 

12月23日 出血は終わったのかな?

2週間以上続いていた出血が大分おさまった気がする。

ほとんど出てこないので…たぶん。

でもまた塊がどばぁーっと出てくる不安はあるので、気をつけなくては。

乳房の痛みも大分おさまったけれど(そしてかなりのサイズダウン…笑)

でも、まだ違和感はあるかなぁ?(寝ているときに何回か「痛い!」と思って目覚めたりもする。)

とにかく、今回は子宮収縮の薬も乳腺の働きを抑える薬も服用していないので、

身体の自己回復能力に任せるのみ。

みんな大体分娩の1~2か月後の間に生理が来るって話なので、

次の1月10日の診断ごろにはちゃんと生理が来たらいいな…

 

世の中は今日から3連休なのね。

そして明日はクリスマス・イブで、明後日はクリスマス。

どうやって過ごそう?

私は今まで、クリスチャンで、イエス様の誕生日を思いっきりお祝いしたい人なので、

何回も家に誰かを招待したり、どこかでみんなと集まって、

飾りつけして、美味しい食事をして、讃美歌を歌ったり、プレゼント交換をして(私はホワイトエレファントっていう、家にあるいらないものをかわいくラッピングして送りあうヤツが好き!)みんなで色々笑ったりしながら時間を過ごす機会が多かった。家族でもクリスマスの音楽を聴きながらゲームをしたり、美味しいものを食べたり…

(夫はほとんどそういうことがなく育ったらしいのだけど・・・まぁ、南半球で育った夫は季節も真逆だしね。何となく、夏のクリスマスは風情がない気がする…勝手な想像だけど。)

アメリカでも24日はイブ礼拝に行って、いつもの友達の家でスープを食べながら和やかな時間を過ごしていた。そして25日は教会の家族が集まって、ハムのディナー(私はこのハムの周りに黒砂糖のグレイズドの奴がすごい好きだった)を食べたり、美味しいデザートを食べたり…そしてその翌日にはいつも私の住んでいた東海岸から西海岸のLAへ飛行機で大移動(だって、乗継をすると1日がかり。日本からLAに行くより時間がかかる!アメリカはデカい)…年末年始はそこで行われるアメリカ在住クリスチャンが数百人集まるカンファレンスに行く…そんな充実しまくりの季節を過ごしていた。

 

でも、今年は何もない…悲しいなぁ。

なんて、色々考えるとまたとてつもなく深くて暗い穴の中に1人で落ち込んで行ってしまうような感じ。昨日はその穴からなかなか抜け出せなくて夫にも悲しい思いをさせてしまった。

 

きっと来年は楽しいクリスマスシーズンを過ごそう。

今年は静かに落ち着いた時間を過ごせることに、感謝しよう。